出産の立ち会いの体験談


■本日は、2015年の3月8日。

子供が産まれたのは昨年の10月末。

もう4ヶ月が過ぎました。


出産直後は色々と忙しく、出産の立ち会いについての感想をブログに書く暇がなかったのですが、
早く書かないと忘れちゃうので、そろそろ書いておきます。


ちなみに俺が、初めて出産の立ち会いをしてみて思った事は2つ。


1 夫は、できるなら出産の立ち会いは、した方が良い気がする

2 出産後の妊婦さんは、著しく消耗しており倒れる危険性があるので、絶対に歩き回らないこと



■子供が産まれてみてわかったが、赤ちゃんを育てるということは、本当に大変だ。

夫婦が2人で力を合わせないと、とても育てられない。


赤ん坊は、容赦なく泣き叫ぶ。

時には、育児に心が折れそうになる時もある。

ママは赤ん坊につきっきりで、旦那はほったらかしにされる。

もう嫌だ。パパもママも、そんな気持ちになることがある。



■でもそんな時、「出産の偉大さ」「出産の感動」

これらが記憶にあることで、ふとした時に、あの瞬間を思い出し、くじけそうな育児を客観的に見ることができる気がする。

「出産の立ち会い」は、そんなパワーをくれるのかもしれない。


どうしても血が苦手な男性はやめたほうがいいが、できるなら、出産の立ち会いをして、奥さんの頑張りを、目に焼き付けておくのも良いかと思う。



■それを踏まえて、俺が初めて出産の立ち会いをした内容を、ここに記しておこう。

これは嫁の初めての出産、「60時間」のドキュメントである。(難産だった)

赤ちゃん

■オレは男なので、あくまでも「旦那目線」で書きます。

それでは時間を巻き戻して、昨年の10月末にタイムスリップしましょう。



【2014.10.26 ~朝~】

■そろそろ嫁の、出産予定日が近づいてきた。

子供が生まれたら、しばらくは外食もいけないので、最後に「高級うなぎ」を食べようと約束していた。


■しかし、どうやら嫁は朝から「陣痛っぽいもの」を感じていたらしい。

昨日、やめろと言ったのに、風呂(湯船)に入ったりするからだろう?と、オレ。

結局うなぎは中止だ。カップ麺だ。

家でしばらく様子を見ることにした。


■その日の夜、また嫁は、性懲りもなく風呂(湯船)に入る。なんでやねん。

そして風呂から上がると、陣痛の間隔は、10分を切っていたらしい。


嫁、焦る。

オレも、焦る。

とりあえず2人でパスタを食う。味がしない。。。

こんなにドキドキしながら食べるパスタは初めてだ。


そして、もしこれから出産に突撃するとしたら、あまりお腹いっぱい食べてしまうとヤバイ。

パスタは半分残して、産婦人科に電話をしてみる。



■「入院の準備をして、病院まで来てください」

この時、夜中の11時。

車を飛ばして産婦人科へ。



■検査してもらった結果、とりあえず嫁は宿泊することに。

まだすぐに産まれる感じではなかったので、俺は一旦帰ることにした。



■この日の夜、俺は家でいつも通り寝ていたのでわからなかったが、嫁は夜中じゅう、4~5分間隔の陣痛に悶絶していたらしい。

一晩中悶絶して、朝になったらしい。

女性は大変だ。

しかし、これはこれから始まる難産の、ほんのプロローグに過ぎなかったことを、この時の俺と嫁は、まだ知る由もなかった…。



【2014.10.27 ~朝~】

■2日目の朝、徹夜で陣痛と戦っていた嫁の病院の部屋に、彼女のお父さんとお母さんが訪れる。

俺はその時まだ、家にいて仕事を片付ける。



■2日目の14時。

「破水」

しかし、子宮口が全然開かず、「子宮口が開くまで耐えるしかない」という状況だったらしい。

この辺で、いよいよ俺、病院に登場。


俺はこの時、人生で初めて、「陣痛の波に苦しむ女性の姿」を見た。

こんな感じなんだ・・・。

文字にしてみると、


陣痛が来た時の嫁
「ふぅぅぅわああああーーー!!!ほりゅおぅぅーー!!はうぅぅぅーー!!叫泣」


・・・マジでこんな感じ。初めて見る男性は、間違いなくビビるでしょう。


さて、俺が到着したということで、嫁のご両親は一旦帰宅。



■2日目の夜になっても、子宮口は開かず。

陣痛は、1~2分間隔になる。

これが何を表すかというと、「1~2分間隔で嫁の悲鳴が病室に響き渡る」ということだ。


陣痛が来た時の嫁
「ふぅぅぅわああああーーー!!!ほりゅおぅぅーー!!はうぅぅぅーー!!叫泣」


・・・これが、1~2分間隔。

そしてこれが、徹夜で朝まで続くのだ。。。


俺は、その度に、背中をさする。夫には、それしかできないのだ。



■この日の夜は、病院の食事で、ビーフシチューとパンプキンスープが出される。

オレも味見したが、かなりうまかった。

しかし嫁は、上述したような1~2分間隔の陣痛の「合間に」少し食べるだけで、ほとんど俺が食う。


嫁「せっかく美味しい食事なのに、もったいない・・・。ふぅぅぅわああああーーー!!!ほりゅおぅぅーー!!はうぅぅぅーー!!叫泣」


という状態だった。。。



■2日目の夜中。

この日は、さすがに夜中に生まれると思ったので、俺は家に帰らず、病室に泊まることにした。

夜中になると電気を消されるので、本を読むこともできない。


酒を飲まないと眠れない俺は、寝ることもできず、薄明かりで百田尚樹の「黄金のバンタムを破った男」を、ゆっくり読んでいた。

ファイティング原田、すごいなぁ。。

・・・なんて、男は無力なんだ。



■夜中の1時くらいになると、看護婦さんが定期的に見にきてくれる。

痛みと不安で、日頃、他人に感情を見せる事は無い嫁が、見ず知らずの看護婦さんに、


「これいつまで続くの?! 怒」

「もうやだ! 泣」


と、なりふり構わず感情をぶつけていた。

自我を維持できないほど、苦しいということなんだろう。

女性は偉大だ。



■1日目の夜、ほとんど寝ていなかった嫁は、2日目の夜も、1分間隔の陣痛で眠ることができなかった。

陣痛が去った1分の瞬間に、気絶するように眠る嫁。

いや、もしかしたら本当に一瞬、気絶していたのかもしれない。

1分ごとのマイクロスリープ。瞬眠。

鳥のようだ。

嫁が、がんばる姿が感動的で、ウルウルしてしまう。



■こうして、なんと、2日目の夜も明けてしまった。

陣痛の間隔は、むしろ広がってしまい、陣痛は弱くなっていった。



【2014.10.28 ~朝~】

■3日目の朝。

ドクター「促進剤を使いましょう」


陣痛促進剤。

つまり、薬で強制的に陣痛を引き起こし、出産に突入させようというものだ。


安全性が極めて高いとは言え、母子ともに悪影響が出る可能性はゼロでは無い、という説明を受ける。

しかし、やるしかない。

嫁はもう、2日連続の徹夜で体力が残っていないのだ。



■3日目の朝9時頃。

俺は一旦家に帰って、どうしてもやらなければならない仕事を1時間でさばいて、またすぐに病院にとんぼ返りすることにした。


この日の朝は、嫁の母親が来てくれた。おにぎりをもらってその場で食べた。

2日連続で酒を飲めない状態だったので、夜中も空腹が地獄だった俺は、おにぎりをがっついてしまった。うまし。ありがとう義母。
(ちなみに、夜の9時を過ぎると外に出られないので、オレは夜中の空腹を、自動販売機の『コーンスープ』でごまかしていたのだった)


入れ替わりで、義母に付き添ってもらうことにして、俺は一旦帰宅。

そして、この後すぐに「促進剤」が投与された。



■家に帰ってくる俺。

俺も昨日の夜はほとんど寝ていなかったため、ヘロヘロ。。。

なんとか仕事を終わらせて、すぐに車で病院に戻る。


出発しようとした時、急に土砂降りになった。

雨男の俺と、雨女の嫁。

ここで、このタイミングで、急に土砂降り。

オレは、「これは産まれるな」と確信して、車を走らせた。


病院まであと1分。携帯が鳴る。

義母からだ。

とりあえず運転中で出られないので、シカトして運転する。スマン義母。



■焦る俺。

早くしないと生まれてしまう。

しかし、なんと!よりによってこんな日に限って、駐車場に空きがない!

どうすんねん!


・・・あ!1台空いた!ミラクル!さすが俺!

番長止めで、急いで病室に向かう。



■この頃、嫁は、陣痛室から分娩室まで、自力で歩いて行ったようだった。

陣痛の合間を見計らって、その間だけ早足で歩いていたらしい。



■俺が、分娩室についた時、まだ生まれていなかった。

嫁、助産師、義母。

雰囲気は明るかった。

というか、分娩室ってもっと、オペ室みたいな怖いところだと思っていたんだが、ポップな感じの部屋で、意外だった。

多分、最近の産婦人科は、妊婦のメンタル面も考えているんだろう。



■俺が到着したとき、子宮口は9センチまで開いていた。

促進剤の力はスゲー。


嫁「え?え?なにこれ?アタシ産んでるのっ??! 汗」


感覚が今までと違ってきたのか。焦る嫁。


助産師「あと30分くらいかなー」

余裕を見せる助産師。


嫁「あ、じゃあどうしようかな・・・。お母さん、ちょっとやだな」

義母「わかったよ。じゃあ外で待ってるからね」



■嫁、助産師、オレ。

ソフロロジーの音楽が、部屋に流れる。

ときに笑い声すらこぼれる病室には、出産前とは思えぬ、穏やかな空気が流れていた。


しかし、30分で生まれると言った助産師の予言は見事に外れ、ここから3時間、格闘することになった。。。



■子供の「肩」が引っかかって、引っ張っても出てこない・・・。

この繰り返しだった。


1人だった助産師は、2人に増え、3人に増える。。。それでもダメだった。


助産師B「ちょっと先生呼んできます 汗」

先生が来ても、ダメだった。


先生A「ちょっと先生B、呼んできて 汗」

どんどん人数が増えた。


最終的には、教室に助産師とドクター合わせて、

「8人」

となった。



■嫁には、もう、いきむパワーが残っていなかった。

最終手段として、トイレに使うような、「スッポン」みたいなやつで、強引に引っ張り出すことになった。

スッポン
先生B「胎児にも負担がかかるから、チャンスは2回だけです。その2回に、すべてを賭けてください」



■1回目。

全力でいきむ嫁。

嫁のお腹を、上から体重を乗せて押しまくる先生B。


やめてくれ。。。

オレの嫁が壊れる・・・。マジでそう思った。


・・・1回目の挑戦は、失敗だった。



■2回目。

これが最後だ。

もしこれでダメだったら、帝王切開。。。


せっかくこんなに頑張ったのに。

自力で産ませてやりたい・・・。

オレは、それだけを考えながら、嫁の手を握り締めていた。



■子供のために、ビデオカメラを購入していた。

でもこの出産シーンを、撮影する気にはならなかった。

それぐらい、どうなるかわからない出産だったのだ。



■2回目の、スッポン挑戦。

その後の記憶はあまりない。


歓声が上がった。

嫁の足元から、赤黒い物体が、ズルズルズルッ~~~~っと、引きずり出されるのが、視界の隅っこに映る。


「ほぎゃー!!叫」

という声が聞こえた。

涙腺がヤバイ。



■生まれた瞬間、赤ん坊そっちのけで、見つめ合う俺と嫁。

ああ、泣く。

これは泣く。

と、思っていたとき、


助産師C「ホラ!旦那さん!ビデオビデオ!!せっかくこの時のために用意したんだから!!」

・・・台無しだ。

せっかくウルウルしてたのに。


でも後から思えば、この時ビデオ撮っといて良かったような気もするけど。



■出産が終わって、部屋で義母と3人で談笑。

義母、帰宅。


看護師「じゃあ部屋に戻りましょう」

嫁「はーい♪余裕で歩けまーす♪えへ」

看護師「すごーい!普通そんなに歩けませんよ!」

嫁「全然余裕でーす♪」


難産がやっと終わり、解放されて浮かれる嫁。

しかし、この能天気な態度が、この後、大事件につながるのだった。。。



■病室に案内され、2人になる。

脱力する2人。


じゃあ俺は帰るから。ゆっくり寝てなさい。

と言ったのに、お見送りする、と言ってきかない嫁。

嫁「テレビカードも買いたいしー」



■休んでいろ、と言っても聞かないので、仕方なく2人で病室を出る。

すると・・・


嫁「・・立ちくらみが・・・」

廊下の手すりにつかまって、前かがみになる嫁。


オレ「ほらー!怒 だから言ったでしょー。寝てなさいって。病室に戻るよ 怒」

と言って、オレは先に病室に入る。


ん?

・・・左斜め後方から、何かが飛んでくる。

何?

鳥?飛行機?スーパーマン??


・・・いや、飛んできたのは、「嫁」だった。

スーパーマン

■左斜め後方から、嫁が飛んで来たのだ。

生きた人間の動きではない。生気のない人形のような動きで、嫁は猛スピードで倒れこんでいった。


・・・記憶がない。。。

気づいたら、オレも床に倒れこんでいた。

たぶん、飛んでいく嫁を支えようとして、俺も転んでしまったのだと思われる。



■『ドンガラガッシャーーン!!カシャーーン!!』

オレは左手にスマホなどを入れたビニール袋。

右手に傘を持っていたのだが、気づいたら全部、床に散乱していた。


その音を聞いて、隣の女性が出てきてくれた。


隣の女性「大丈夫ですか?!ナースコール押しますよ!私、看護師なんです!」



■たまたま隣に入院していた女性が看護師だった、というミラクルによって、すぐに人がたくさん集まってきて、嫁を助けてくれた。

ありがとう。皆さん。


蛇足だが、うっすら覚えているのは、嫁が倒れた後、おれも倒れて、その時に、嫁の背中にヒザを食い込ませた気がする。

嫁「ううー! 汗」

俺のヒザが、1番苦しかったのかもしれない。

ライガー

■・・・これが、俺の初めての出産立ち会いのエピソードだ。

長かった。

丸3日。

高齢出産で、よく頑張った。嫁。



■俺は元々、出産に立ち会うつもりはなかった。

血が苦手だし。


でも、今思えば、立ち会ってよかったと思っている。

子どもを育てることを考えても、「生まれてくる瞬間までの苦しみ」を共有することによって、夫婦の絆みたいなものが強くなる気がする。


どうしても、苦手な人はやめた方がいいかもしれないが、迷っているなら、立ち会ってみてもいいのではないだろうか。

ありきたりな表現だが、立ち会うことによって、奥さんと子供に感謝できる気がする。


そんな経験も、悪くない。